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第12話 犯人推理

Author: 水鏡月聖
last update Last Updated: 2025-04-09 16:15:13

 伏見さんを見かけ、ちょとした事件が起きたものの、進藤先輩のその一言で一件は落着したかのように見えた。 病院を出て、伏見さんと高野君とは解散して、ひとり帰路についたころに電話が鳴る。

『上田。僕だ、高野だ。今からちょっといいかな。手伝ってもらいたいことがあるんだ』「全部、終わったんじゃないんですか?」『このまま終わらせるわけにいくかよ。ななせが、襲われたんだ。このまま見逃してやるわけがない。でも、ああでもしないとななせはまた首を突っ込むだろう? あいつをこれ以上危険な目に逢わせたくはないんだよ』「わたしなら、危険な目に逢わせてもいいと?」『信頼してるんだよ、上田のこと。それに危険なんかじゃない。僕ががちゃんと守ってやるから』

 ――まったく。信頼しているだなんて、なんてひどい呪の言葉だろうか。そんな呪を掛けられれば、協力しないわけにはいかないじゃないか。 それがたとえ、恋のライバルのための行動であっても、わたしは高野君の信頼に答えたいと思うのだ。役に立ちたいと。 まったく。彼はシンドウ先輩のことをどうこう言えた立場じゃないことを理解しているのだろうか? 大丈夫。高野君が守ってくれると言っているのだ。何を恐れる必要があるだろうか。

 これは呪いの言葉なんかじゃない。純愛だ。

間もなく高野君がわたしのアパートへやってきた。狭いテーブルに向かい合って座り、「ひとまずここまでの話を整理しよう」と言ってきた。高野君は伏見さんから預かっている手帖と三色ボールペンを取り出し、これまでのいきさつを話してくれた。今日の放課後、伏見さんと高野君の二人で関係者に聞き込みをして、その後伏見さんが一人になったところを襲われた。おそらく犯人は今日接触した人物の誰か。サッカー部の三人のマネージャー。花宮、海山、木梨。それと海山の恋人樫木の四人だ。花宮は被害者である進藤とは幼馴染、どうやら以前付き合っていたこともあるようだ。海山は以前、進藤から言い寄られていたが、海山が樫木と交際するようになり、現在進藤は木梨と付き合っているが、ふたりの仲は秘密になっている。「ななせの証言によると、襲った犯人は身長が一七〇前後といったところらしい。もちろん、はっきり見たわけではないのでどのくらい信頼できるかは定かではないけれど」「花宮さんは、華奢だからそんなに大きなイメージがなかったけれど、それは進藤先輩と一緒に
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     炎天下の屋外だというのに、部室から出た時には少し涼しくも感じる。 サッカー部の面々は大きな声を出し合って走り回ってりというのだから素直にすごい。 部のキャプテンである新堂さんが怪我をしたことに不安もあるだろうに、むしろそれでも勝つという意気込みが伝わってくるようだ。 いや、むしろ意気込みがありすぎるのかもしれない。センターフォアードの部員の掛け声は大きな声を出しすぎてしまったのか、掠れてしまっている。「あの人、気合入れすぎだな」 僕のそんなつぶやきに、隣のななせは答える。「あの人がカシワギ君よ。さっきの海山さんのかれぴ」「ふーん、そうかあ……なんていえばいいのかな。その……普通だね」「ふつう?」「うん、進藤先輩ってイケメンでサッカー部のエースなんだろ? その進藤先輩に言い寄られていたのを断ってまで付き合った樫木君とは、いったいどれほどのいい男かと思ったんだが……」「そうかしら? アタシ、結構カシワギ君ってポイント高いと思うけどね。なんか誠実そうだし、気が利きそうじゃない? シンドウ君は確かにイケメンだとは思うけれど、恋人にすると考えたらどうかしら? やっぱり浮気性な男は信用できないわよね」 ななせのそんな言葉を、僕は心のメモ帳に記載しながら「あっ」と指さすその先に視線を送る。買い物袋を両手に下げた制服姿の生徒が炎天下の中のろのろと歩いている。流石にあのか細い腕であの量の荷物を一人で運ぶのは気の毒に思えた。「あれが、木梨さんよ。サッカー部の三人目のマネージャー」「え、あれが?」「そうよ?」「いや、なんというのかな……。あの木梨さんって人と進藤先輩は今付き合っているんだよね?」「だからそういってるじゃない。まあ、表向きには秘密にしてるっぽいけど」「いや、花宮さんが言っていたけれど、進藤先輩って本当に手あたり次第なんだな」「マコトォ~。さっきから君、よくないよ。人を見た目だけで判断してんじゃん。大事なのは中身だよ」 ななせは木梨さんに駆け寄る。荷物を半分持ってやろうというのだろう。流石にそれを僕が黙ってみているわけにもいくまい。ななせと木梨さんが荷物を半分ずつ持って、その横を手ぶらの僕が歩くというわけにはいかないだろう。 駆け寄った僕は手帳とペンをななせに渡し、木梨さんの荷物を半分持った。中身はほとんどがスポーツドリンクで、残りの少しは絆創膏などの医療品だ。 ペンと手

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    「それじゃあ、アタシ、聞き込みがあるのでそろそろ……あ、その木梨さんと、海山さんって今どこにいますか?」「木梨は今買い出しに行っているはずよ。海山なら向こうの部室にいるはず」「わかりました。ありがとうございます!」ななせは頭を下げて校庭隅の部室へと向かう。途中でぽつりとつぶやいた。「やっぱり、ハナミヤ先輩はシンドウ先輩のことが好きね」「本人は否定していたけど?」「さっきのBL漫画のユキカゼ君って、シンドウ先輩に似てるしね」「それはななせも推しだって言っていただけど――」「それはそれよ。それに、ただの幼馴染なら部のマネージャーなんてしてないでしょ? あれは、シンドウ先輩に悪い虫がつかないように近くで見張っているのよ」「めちゃくちゃついてるみたいだけど」「恋は思い通りに行かないものなのよ」「そんなものか?」「そんなものよ。あ、ところで手帖、ちゃんとつけてくれてる?」「こんな感じでどう?」「うんうん、ちゃんとできてる……で、これは何?」 手帳にはまず、ななせと書き、進藤に矢印を向ける。その下には『興味ない』の文字。そして進藤から雪風君に矢印を向け『似ている』また、ななせから雪風君に矢印を向けて『推し』と記入している。「一見矛盾しているようにも見えるだろ? さっき聞いた話の中で、一番気になったところだ」サッカー部の部室は平屋の小さな建屋だが、サッカー部は部員が多くて一年生は外で着替え、あとで荷物だけを中へ持ってはいるようになっている。 二年の女子マネージャー海山は今、部室の掃除をしているらしいのだ。基本男子部員たちが着替えをする場所で中は窮屈だ。部員たちが校庭で練習しているときくらいでないと掃除をするタイミングはないらしい。 縁に錆のついた部室の金属ドアを開き、中をのぞき込む。思春期男子の体臭と思しき匂いが夏の熱気にさらされてむわっと流れ出る。 中央のベンチに制服姿の女子生徒が座り、スマホをいじっている。きれいに染色された茶色の長い髪で真っ白な肌。割とっしっかり目のメイクは運動部員にしては珍しいが、マネージャーという立場ならそれほどでもないのか。背こそはそれほど高くもないが、胸囲は十分に発育しているようだ。「あの、マネージャーの海山さん?」「は? そうだけど?」 一瞬だけこちらに目を向けたものの、何事もなかったようにスマホに視線を戻して操作を再開ながら彼女は言った。「

  • 呪い呪われ、恋焦がれ   第7話 マネージャー花宮

     サッカー部が必死で練習をしているグラウンドの隅。ななせは躊躇することなく侵入していく。地方予選を勝ち抜き、全国大会の日も近い。そのタイミングでキャプテンの進藤隼人が怪我をしたことで部全体が殺気立っていることは明白で、そんなところに躊躇なく入って行けるななせのメンタルはすさまじい。  ななせはグラウンドの隅で、選手の様子を見ながら記録をつけている女子マネージャーのもとへと進む。実際に運動するわけではないが、ちゃんと学校既定の体操着を身に着け、長い黒髪をポニーテールに結わえているその人は、遠目に見ただけで美人であることがわかる。女子にしては背が高く凛々しささえ感じる。  ななせは一度立ち止まり、振り返ると僕にポケットから取り出した新品の手帳と三色ボールペンを差し出した。 「ところでマコトン君」 「まことんくん? それはもしかしてあれか? 僕のことを頼りのない助手として使おうって意味なのか?」 「君の役割は記録係だ。アタシが聞き取りをした事実を君はそれで記録したまえ」 「なんか、楽しそうだなって、このボールペン、昨日拾ったやつじゃないか」 「つべこべ言わない!」  ――へいへい。黙って記録係に徹することにしよう。 「あの、サッカー部のマネージャーのハナミヤさん、ですよね?」 「え、ええ……そうですけど……」  ななせが彼女の名前をはじめから知っていたとは限らない。体操着の胸にはちゃんと『花宮』と書かれている。彼女の名前がよほど変わった読み方をするのか、あるいは事情があって誰かの体操着を借りているというわけでもない限り、彼女の名前はハナミヤだ。  いやしかし、クイーン風の可能性をいちいち考えていくというのは少々面倒くさいのでこんな物言いはやめることにしよう。 「花宮さん、ちょっと聞きたいことがあるですが、今、少し大丈夫ですか?」 「え、ええ。なにかしら」 「キャプテンのシンドウ先輩のことです」 「もしかして、進藤に何かされた? それとも彼に興味があるとか? もしそうならやめておいたほうがいいわよ。何かされる前に」 「興味があるなら、何かされてもいいんじゃないですか? むしろ、興味のある人になにもされないことのほうが悲しいですよ」 「何か、されたいの?」 「あ、シンドウ先輩の話じゃないですよ。アタシ、ああいうのは苦手なタイプなので」

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